三分間法話「前中瑞康」

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前中瑞康

法話を聞く

こちらは西山浄土宗総本山光明寺テレホンセンターの前中瑞康です

お葬式と、初七日が終わって、

Aさんが、親父があんなに皆さんから慕われているとは思いませんでした。私の親父の前で、「お世話になりました。有り難うございました」と。涙を流しながら手を合わせる人がたくさんいました。お参りに来てくれた方が、私の手を握って涙を流しながら、『お父さんには大変お世話に成ったんですよ。貴方も頑張って下さいね』と、言われても、私には、あまりピンとこないのが実感でした。私にとって親父は、傲慢で、融通の利かない偏屈親父でした。

家族の誕生日会が唯一の楽しみで、必ずすき焼きでした。
その時に、何で徳にも成らない事を他人の為に、一生懸命やるのか?
と聞くと、見返りを考えるから腹が立つ。
それだったら、やらん方がましだ。
人が喜んでくれたらそれでええ、人の役に立てたらそれでええ。
偉くならんかってもええ、人から手を合わされる人間にならなあかん。
今になって初めて親父の言葉を思い出しました。
私は、今まで親父に有り難うて、手を合わせた事が、有りませんでしたが、
今日初めて有り難う、ご苦労様と手を合わせました。
その彼の目には涙が、一杯あふれてました。
親子ですから言葉は無くても、心さえ通じていれば、相手に伝わる事がたくさんありますが、親が亡くなってからの方が、気がつく事の方が多い。
親子の会話はおはようから始まる挨拶です
挨拶の挨は押すという意味がある
挨拶の拶は押し返すという意味がある
押して押し返して挨拶が成り立ちます
おはよう、頂きます ごちそうさま、おやすみ みんな挨拶です
彼と親父さんとは挨拶が、一方通行だったんでしょうね。親子喧嘩になっても、なかなか有り難うは言えません。
しかしこれからは念仏を通じて親父さんに、挨拶をするでしょう。
念仏とは、今の心を仏様にお供えする。
それが念仏です。仏様とのご挨拶です。
我も人も仏に通う合い言葉、南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏  亡くなられた前管長森猊下のお言葉です。
どうぞ皆様もお念仏のご挨拶を致しましょう。
お電話有り難うございました。

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