三分間法話「齋藤 清隆」

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齋藤 清隆

法話を聞く

「歳を重ねること 有り難い」

庶務部長 齋藤 清隆

お電話ありがとうございます。こちらは西山浄土宗総本山光明寺庶務部長の齋藤清隆です。新年を迎えて一つ歳をいただきました。自分のこれまでを振り返ると、物事の意味を知らずに過ごしてきたことが多くあるなぁと思うところであり、謂れなどを知りたいと思う気持ちが湧いてきました。

例えば、年末の大掃除は「氏神さんを迎える準備であること」の意味があり、おせちについては「子孫繁栄・家内安全、無病息災、豊作祈願」などの意味があるのですが、恥ずかしながら大掃除はさぼりたい、おせちは意味よりも食い気が勝る状態でした。

若かりし故のこととはいえ、単に「楽しい、美味しい、しなければならない」という思いで過ごしてきたことを顧みて反省の思いです。行事の意味・意義を見聞きして、しっかり心得て、行うことができることに、行う楽しさ、そして奥深さが感じられて、何事にもありがたいなぁと思う今日です。

お念仏もしかり。僧侶になる前はやらされている感じで合掌し、頭を下げ、声に出ない声で称えていたと思います。しかし僧侶になった後、更には年齢を重ねるごとにお念仏の奥深さや感じ方が変わってきた自分に気づきました。

「南無阿弥陀 ほとけの御名と思ひしに 唱ふる人の姿なりけり」と詠まれた西山上人の念仏のいただき方がぴったりくるところです。阿弥陀仏の名前を呼んでいるだけと思っていたが、そうではない。阿弥陀仏にすがるのではなく、阿弥陀仏へのよろこびの一念で自然と頭が下がり、合掌する姿になり、しっかりと声に出る。そのお姿に阿弥陀仏の功徳、思いが現れてくるのです。日々感謝して笑顔で過ごせる毎日を。南無阿弥陀仏。お電話有難う御座いました。

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