張子の御影


御影堂の中央に祀られている「張子の御影」御影堂の中央に安置されている御像は、法然上人がお母様からのお手紙を水にひたし、自らお作りになったといわれる「張子の御影」です。私たち小坊主は、毎朝この御影の前でお勤めをいたします。御影に向って読経することにより、お釈迦様から法然上人、そして證空上人へと伝えられた、阿弥陀様のお慈悲の教えを喜び、今日も一日、自分ができることを精一杯させていただこうと、気持ちを新たにするのです。とはいうものの、毎朝元気にお勤めさせていただく・・・というわけにいかず、途中で居眠りしそうになって体が揺れてしまったり、足がしびれて立てなかったりと、情けない日もあるのです。そんな時でも、お祖師様の目は厳しさのなかに慈悲の光をたたえ、私たちを見守ってくださっています。

建永の法難

この「張子の御影」が作られた背景には、法然上人とそのお弟子の方々が受けられた厳しい法難の歴史があります。

承安五年(1175)、45歳だった法然上人は、この光明寺で初めて専修念仏の教えを説かれました。貴族仏教全盛の時代にあって、人々、とりわけ庶民のために説かれたお念仏の教えは、またたく間に広がっていきました。念仏によって、全ての人々が平等に救われると説くことは、古くからの仏教集団の権威への挑戦と受け止められたようです。旧仏教からの圧力は日増しに大きくなり、元久元年(1204)には、古くからの仏教集団の衆徒が専修念仏の停止を朝廷に訴えでます。そして、建永二年(1207)、ついに専修念仏の停止と法然上人の四国流罪が決まったのです。これを「建永の法難」または「承元の法難」と呼びます。

「建永の法難」の直接の原因となったのは、法然上人のお弟子だった住蓮と安楽という僧侶の礼讃を聴いた、松虫姫と鈴虫姫と呼ばれていた後鳥羽上皇の二人の女官が、上皇の留守中に出家してしまったという事件でした。寵愛深い女官が自分に無断で出家したことを知った上皇は、激昂されたと伝えられています。住蓮と安楽は死罪、法然上人や主な弟子たちは流罪と決まったのです。この事件の裏には、単に女官の出家というだけだはなく、旧い仏教教団からの圧力があったことは言うまでもありません。

露の身はここかしこにてきえぬとも
こころはおなし花のうてなそ

『粟生光明寺絵縁起』に描かれた晩年の法然上人(右)のお姿四国への流罪が決まったとき、法然上人は75歳になっておられました。上人御自身も、お弟子の方々も、教えに導かれた多くの方々も、皆、今生で再び会えることはないと思ったことでしょう。光明寺のご詠歌になっている上記のお歌は、この別れのときに関白・九条兼実に残されたものだそうです。

「私たちの命は草の葉の上にやどる露のようにはかないもので、すぐに消えてしまいます。しかし、その心は阿弥陀様のお浄土に咲く蓮のうてなの上にあるのです。いつか共にお浄土でまたお会いしましょう。」

このお歌には、別れを惜しむ法然上人の優しいお気持ちと、阿弥陀仏の本願力によって全ての人々が浄土の蓮の上に生まれることを説く、毅然とした姿勢とが感じられます。

お母様のお手紙を託して

こうして四国へ向って旅立たれた法然上人は、途中で弟子の湛空という人に出会います。湛空は大声で泣いて別れを惜み、法然上人を偲ぶよりどころとなるような御形見が欲しいと願ったそうです。この湛空の嘆きようを、僧侶にあるまじき覚悟の無さと受け取ることもできますが、私は法然上人とお弟子たちの中に通い合っていた心の温かさと、師との別れを惜しむ人間らしさに心打たれます。この湛空は、その後、嵯峨の二尊院の住職となり、たくさんの信者を集めたといいますから、僧侶としても優れた方だったのでしょう。

その湛空の願いに、静かに念仏を続けていた法然上人は、懐からお母様のお手紙を取り出されました。法然上人が13歳で比叡山に入られるとき、お母様からいただいたお手紙です。ずっと肌身離さず持っておられたのですね。この手紙を水にひたして紙粘土のようにし、水面に映った御自分の姿を見ながら、肖像を作られたのだそうです。湛空はこのお像を京都へ持ち帰り、漆を塗って仕上げました。そして長く二尊院に祀られていたそうですが、いつしか光明寺に移されました。その時期については、明らかな記録はありません。

今、御影堂に安置されている「張子の御影」は小さなお像ですので、外陣からはなかなか細部までは見ることが難しいかもしれません。頭に冠を着け、首には領帽と呼ばれる白い襟巻き状の布を巻き、内衣法服をまとっておいでです。この法服は大正天皇のお后であられた貞明皇后から賜ったものです。

お顔は法然上人の晩年のお姿ですが、その表情には力強さと慈悲深さを同時に感じさせられます。特に水晶で作られたお目の印象は忘れられないものです。

私たち小坊主は、朝のお勤めの準備をするとき、灯明に火をともしながら御影に朝のご挨拶をします。毎日最初に法然上人とまみえることのできるのも、光明寺の小坊主ならではの幸せです。

紅葉期は大変混雑しますので公共交通機関をご利用下さい。光明寺には駐車場はございません。また近隣は全面駐車禁止です。